12月4日 専門機関に行きたくなくて
神経科、精神科。
大学の保健管理センター。
こころのクリニック。
障がい学生支援室。
また、専門機関へ行くよう、勧められました。
いちどちゃんと診てもらったほうがいいんだろうな、ということは、わかります。さすがに最近、あまりに頻繁にパニックや過呼吸を起こすので。
行ったほうが、いいんだろうな。
でも、やっぱり、行きたくないって思ってしまうのです。
専門機関なんて行きたくない。
「それは困ってるんだよ」って人から教えられさえしなければ、今まで問題なく、ふつうに毎日過ごしてたんです。
胸が苦しくなるのも、周りがまぶしくてうるさいのも、それで「困ってる」状態なのも。
ぜんぶ母上の言うように「気にしすぎの、気のせい」なんじゃないかなって思ってしまいます。
だって実際、イヤホンしなくても電車に乗れる日はあるし、そもそも去年は大教室での授業前に耳栓なんていらなかった。大会の会場でも集中できた。
「そう言われるからそんな気がしてくるんじゃないの?」って今まで親に言われてきたとおりなのかなって考えます。たぶんそうなんだろうなって。
だけど、やっぱりほんとうに息が苦しくなるんです。
気のせいじゃなくて、ほんとうに、ほんとうに音がぎゃあぎゃあ降ってくるように感じるんです。自分でやろうともなりたいとも思ってないのに、過呼吸になっちゃうんです。ほんとに夜の車がすごく怖いんです。自動車学校が嫌でそうなってるんじゃなくて(それも少しあるのかもしれないけど)、ほんとのほんとに、強い光と轟音の洪水である暗い路上で運転するのがしんどいんです。
やっぱり、気のせいじゃない。と、感じます。
だからこそ、もし専門の人かお医者さんにみてもらって
「なんにも問題ないですね、気のせいです」
ってなったらどうしよう、って怖いんだと思います。もう去年、地域の療育センターにも「それは受診の必要ないですね」って言われてしまったわけだし。
「精神的なものですね」って言われるのがいちばん嫌だ。
もちろん心理学も少し勉強してるからそんなことないってわかってるけど、やっぱり
「体に悪くないのに、気にしすぎでそう感じる気がするだけです。心のもちようで、電車も車も乗れますよ」
って言われるみたいで。
そんな話を、聞いてもらいました。
愚痴ではない弱音を誰かに聞いてもらうのは、私にしては、めったにないことなのです。だから、今日は、私としては、とてもがんばった。
それで、そのとき友達が言ってくれたことを、残しておこうと思いました。
たぶん、私はこれからも、この一言をだいじに握っていくだろうなと思ったので。
「
『気のせい』なら、じゃあどうすれば気持ちを切り替えられるかなって考えればいい。『かっぱちゃんあれだけ色々言ってたのに原因なかったんだね』なんてことになってもいいんだよ。むしろそっちの方がよいじゃん。
誰も、そのことで『ええー結局思い過ごし?』なんて思わない。もし家族にそう思われても、私はそれは間違っていると思う。だってかっぱちゃんのために病院行くんだから。かっぱちゃんの問題が解決することが一番大切だから。
でも、今の段階では何が原因かわからないから、それなら可能性のあるところ、今回の場合だと発達障害から探っていこうよ。原因を1つ1つ明らかにしていこうよ。
そしたら、かっぱちゃんももっと安心して毎日過ごせるでしょ?
」
安心して毎日過ごす、というのは、いまだにちょっとピンと来ないのだけれど。
でも、「気のせいならそれでいい」って、もしかしたら当たり前のことかもしれないけど、ことばにして伝えてもらったことで、私はとってもとっても頭が軽くなったのです。
「
かっぱちゃん、きっと今まで、
『自分の思い過ごしかも』
『そんな大げさにしたくないし』
『大げさにしてたらじつは何も問題なかったらなんて思われるだろう』
みたいな色々な感情があって、すなおに、すなおに自分のことを語ることは案外なかったんじゃないかな。
これまで語ることができなかったのも、別にかっぱちゃんが悪いわけじゃない。
誰でも、こんなこと言っておいて違ったらどうしようって感情はあるし、迷惑をかけたらダメだって感情もかっぱちゃんのなかでは強いだろうから。
でもさ。
今回、少し専門的にかっぱちゃんの状況を振り返る機会がありそうだから、せっかくなら、じっくりこれまでのことを振り返って、整理してみよう。
かっぱちゃんが思っているより、すんなり、大変だったね、て受け止めてくれる場所はあるよ。
もし問題なかったら、それはそれでいいさ!
」
今週、専門の方と話をすることになりました。
どうしたって、そりゃ、気が進みません。
だけど、前より行く気になりました。今困っていることがなんとかなるかもしれないなら、と思って。
何より。
こんなふうに、じっと受けとめてくれる人がいるから大丈夫だなって思えました。
昔のおばあちゃんちのトイレに行くとき、目をつぶりながらばあばの手を握っているきもち? 不安だけど、これさえちゃんと掴んでればぜったいにだいじょうぶって思える何かを、いまもっている気がする。
ありがたいです。とっても。