12月6日 つりりつりりと万国旗
人の話を聞いたり、歩いたりしていて、いろいろ思い出が出てくるときのことについて。
なにかきっかけがあると、つりりつりり、連続して記憶が出てきます。
写真か、GIF動画、長くても5秒程度のムービーで、過去の風景が見えます。マジックで袖から万国旗を出すみたいに、次から次へひらひらと。
ちょうど、こんなかんじです。留学中に作った部屋のデコレーション。
ひとつ出てくると、そこから次から次に出てきます。
このひらひらの中に、今のやらなくちゃいけないこととか、その場での妄想とかが入ってくるので、いつもとっても忙しい。
もしかして私が刺激が多いところで頭が固まるのは、周りからの「きっかけ」が多すぎるからなのかもしれません。
頭のなかが忙しい。
こないだは、これを「思い出すのに忙しい」と書いたけれど、こまかく考えれば、この脳内写真集をぺらぺら見ている状態と、昔の特定の出来事などについて思い出している状態は、少し違う気がします。
「思い出す」というのは、その目のなかを一瞬ずつ通り過ぎる写真か3秒動画を掴んで、しげしげと見ることなのです。もしくは、「あのとき、どうだった?」と言われて、その写真を取り出します。
そうして細かいところ、たとえばその場にいた人やあったかさ、周りの音を回想します。写真にうつっていないところ、動画で切り取られる場面の前後はどうだったろうと記憶をたどるのが、私にとって「思い出す」ことです。
だって頭のなかの写真や3秒動画は、「出す」んじゃなくて、勝手に出てきちゃうのです。
そして、この勝手に出てきちゃうというのが、なかなかに困りものです。
きっとほかの人もみんなそうだと思うのだけど、昔の場面を見たり、思い出したりしているときは、いま目の前の景色が見えなくなります。
今していることを忘れて、しゅるしゅる出てくる万国旗を眺めているとき、たいがいはすぐに自分で止められます。帰ってきます。
それは「あ、いかん、何しなきゃいけないんだっけ!」とか「待った授業中だ!先生の話どこまで進んだ!?」と気づいたりとか、「あれ、私なにか気に障ること言った?」と友達に声をかけられたりとか。
いわゆる、我に返る、というかんじ。
ところが、ときどき、これが止められないときがあります。
最近わかってきたのは、2パターン。
ひとつは、単に眠たいとき。
写真の波を見ているうちに、いつのまにか現実になかった景色になっています。気づいたときは夢のなか。これは、ちょっと心地いいぐらいです。
もうひとつは、妙に目にこびりついてしまう場面がでてきたとき。
たいていそれは、嫌だったり、怖かったりした記憶です。
小学校時代のちょっとしたトラウマだったり、幼い頃見たこわい夢だったり。
同じ場面が1回だけじゃなくて、何度も何度も出てきます。目を開けてても閉じてても見えるのです。見えるだけじゃなくって、その動画のなかに沈み込むみたいに、そのときの腕の触感や騒音まで感じることもある。
どこまでほんとうの記憶なのかは、よくわかりません。思い出し続けるうちに、勝手に補正がかかってたり、無意識のうちに想像でつぎ足してる部分がだいぶ多いのかも。
そうやって沈んでしまうと、なかなか戻ってこれません。とっても困ります。
これは今見てる風景じゃない、今いるところは違うところ、って頭ではわかっていても、ずっと同じ場面の中。5秒までの動画が何回も巻き戻されて、延々とリピート再生なのです。眠る直前だととくに。
それはフラッシュバックなのではと言われましたが、私はそこまで深刻じゃないしなと思っています。でもよくわかんないです。そんな精神を病むほどのトラウマ案件もないし。
とにかく、昔の風景から出てこれないときは、困って困って、いろんなことを試すのです。
一人でもいいから、何かしゃべる。
手の甲の皮や指を軽くひっぱって、そのチリッとした感覚をたどる。
目をバチバチ大きく閉じては開けて、目の前の風景を見る。
息をする。それで今いる場所の匂いを吸う。
あ。
理屈で考えてなかったけど、これはきっと、今のものでない感覚を感じるところに、目の前の、今の刺激を入れているんじゃないかな。
書いてて自分で思いました。整理するってだいじ。
いつもそういうふうにして、がんばって、今いるところに帰ってきます。
帰ってくるのにちょっと失敗すると、「なんだっけ、なんだっけ」状態になってしまいます。それはまた別の話。
万国旗のなかで、不自然に布がかかって見えないところがあるときがあります。それがぜんぜん関係ない時に、風でひらっと暖簾がめくれるように一瞬中が覗けてしまって、困るときがあります。それもまた別の話。
まとめたいことがいっぱいです。