かっぱちゃんの耳

感覚過敏やらADHDの診断をもらった大学生が、特別支援学級の先生になりました。

2月27日 ソラナックスいったん卒業

いつもどおり、3週間ごとに通っている病院に行きました。

 

お医者さんに
「最近、調子はどうですか?」
と聞かれて、
「とっても調子がいいです」
と答えました。

 

それから、言ってみました。
ソラナックス、もうあんまり飲まなくて済んでます」

ソラナックスとは、昨年の夏から頓服で服用している、気持ちを落ち着ける薬です。

飲むと、頭のガシャガシャや耳の過敏性が落ち着く代わりに、強烈な眠気が訪れます。

気持ちの落ち着かないときで、すぐに昼寝のできるときや、夜そのまま寝てもよいときに使っていました。


ここ数か月、「生きているのがやだな」と思うことはなくなったし、どんなに気持ちが落ち着かないときでも、自分で時間をかければこの薬がなくても落ち着いて行動できるようになりました。

 

「だからもう、だいじょうぶだと思います」

 

お医者さんは、思ったよりもあっさり、
「じゃ、やめてみよっか」
と言ってくれました。

 

「でもね、エビリファイはね、続けて飲んでいたほうがいいと思うから」

とのことで、過敏性を抑えるエビリファイは継続。

 

 

 

 

そんなわけで今日からは半年ぶりに、ソラナックスのない夜を過ごすことになります。

 

「もう、『いつでも楽になれる魔法の薬』はないんだ」

と思ったとたんに――なんなのでしょう、この不安は。

私は薬依存じゃないし、なることもないつもりなのに。

 

もともと、ソラナックスを使うように言われていたのは、「ソワソワ時」。

つまり、頭が言葉や映像でいっぱいいっぱいになって苦しいときや、音や光に過敏になりすぎて気持ちが不安定になっているとき。

でも実は私はそれ以外でも、なんとなく眠れないときに、まるで睡眠薬のようにソラナックスを使っていました。

 

別に毎日じゃありません。多くても、一週間に3回くらい。全く使わない週もたくさん。

でも、「依存してたらどうしよう。これなしじゃ生きられないようになっちゃったらどうしよう」という気持ちも大きくなって。

 

今回の受診で新しい薬をもらわなかっただけでなく、家に残っていた分のソラナックスも、押し入れの奥に隠すことにしました。

眠れない夜に、「なんとなく」服用することがないように。

薬がほんとうになくなっても、もとどおり、ちゃんとやっていけるように。

 

私は、もうだいじょうぶ。

しーちゃんにたくさん教えてもらった。

薬の力を借りなくても、もうちゃんと、自分で落ち着ける。