3月30日 家族のことは中のこと
私は、暖かくて、にぎやかで、裕福な、めぐまれた家庭に生まれました。
こんなふうに過敏で悩むまで、自分の親子関係や家族との距離感に疑問を抱いたことなんてありませんでした。
家族の前で、「悲しい」とか「つらい」を見せられないこと。
「今こまってる」とか「助けてほしい」とか言えないこと。
弱音を親の前で、妹の前で吐きたくない。怖いものなしでしっかり者の長女でいたいんです。いつも元気いっぱい、留学から帰ってきて、大学もバイトも車校もバリバリがんばる自慢の娘でいたいんです。
発端となった自動車学校が解決した今も、家族の前が少し息苦しい場所であることは相変わらずです。父上も母上もあれから変化して、私の捉え方も変化したけれど、それでもやっぱりです。
後のばしにするのはよくないんだろうなあ、とはなんとなくわかります。今までもうさんざん、見ないふりして放っておいた結果が今のこの、落ち着ける場所がない状況なんだろうと思います。
でも、
それでも、今はいい。
今はもう、がんばれない。
少しでも家族に理解してもらうとか、自分の考え方を変えるとか、良い意味で諦めるとか、方法はいろいろあるけれど。
どれを試すにも、もう、つかれてしまいました。
それに、どうして家族のことについて学生支援室の先生やお医者さんに相談するのかがピンとこないのです。
いろんな体の不調は精神面から部分があって、精神面での問題は環境に左右されて、私の場合その環境において気が重たいことは家族のことで…それなら過敏やら発達障害がうんぬんという際には本人のいちばん近い「周囲」である家族の話題抜きには語れないわけで…と、理屈ではなんとなくわかるのですが、いまいちしっくりこない。
家族のことは、中のこと。
どうして、思い出して悲しい気もちになることを外の人に話さなくちゃいけないんだろう。外の人に何ができるっていうんだろう。
そう考えてしまいます。
悩んでいることを、ひとりで抱え込んじゃいけないとは聞きます。
でも、誰かと共有したいと思わないんです。もう解決しようと動く気力がないんです。
もう少しだけ、見ない振りしていてはだめでしょうか。
もう数週間、元気が戻るまで。